窓口・渉外お役立ちコラム

相続法改正とJA業務

弁護士 川西 拓人 講師

2019.02.01

 今回のコラムでは、これまで本コラムで解説してきた2020年4月施行の改正民法(債権法)ではなく、2018年7月に成立した相続等に関する民法等の規定、いわゆる相続法の改正について紹介します。
 相続法の大きな見直しは約40年ぶりに行われるものです。高齢化社会の進展や家族の在り方に関する意識の変化などの社会情勢に対応し、また、残された配偶者の生活に配慮する等の観点で議論が行われました。

1 相続法改正の概要

 相続法改正の具体的内容は多岐にわたり、その概要は以下のとおりです。本コラムでは、JA業務と関連する可能性が高いものを含め、主要な改正内容を紹介します。

改 正 項 目 内    容
①配偶者の居住権を保護するための方策 配偶者短期居住権、配偶者居住権の新設
②遺産分割等に関する見直し 配偶者保護のための方策、遺産分割前の払戻し制度の創設、遺産の分割前に遺産に属する財産を処分した場合の遺産の範囲
③遺言制度に関する見直し 自筆証書遺言の方式緩和、遺言執行者の権限の明確化、法務局における自筆証書遺言の保管制度の創設
④遺留分制度に関する見直し 遺留分減殺請求の効力等の見直し、遺留分の算定方法の見直し
⑤相続の効力等に関する見直し 権利の承継に関する見直し、義務の承継に関する見直し
⑥相続人以外の者の貢献を考慮するための方策 相続人以外の親族の特別寄与料の新設

2 相続された預貯金の払戻を認める制度

 JAの貯金業務に関連の深い制度として、相続された預貯金債権について、生活費や葬儀費用の支払、相続債務の弁済などの資金需要に対応できるよう、遺産分割前にも払戻しが受けられる制度が創設されました。

 平成28年12月19日の最高裁大法廷決定により、従来の判例が変更され、相続された預貯金債権は遺産分割の対象財産に含まれ、遺産分割までの間は、各共同相続人が単独で払戻しを求めることができず、共同相続人全員が共同して払戻請求を行われなければならないこととなりました。

 このような考え方に基づけば、相続発生後、生活費や葬儀費用の支払、相続債務の弁済などの切迫した資金需要がある場合にも、遺産分割協議が終了するまでの間は、被相続人の預貯金の払戻しができないこととなり、不都合が指摘されてきました。

 そこで、改正法では、遺産分割の公平性を図りつつ、相続人の資金需要に対応できるよう、2つの制度を整備しました。

 その一つは、家庭裁判所に遺産分割の審判又は調停を申し立てたうえ、預貯金の仮払いの申し立て(預貯金債権の仮分割の仮処分)を行う方法です。当該仮処分の要件が、今般の相続法改正に伴う家事事件手続法の改正により緩和されました。ただし、仮処分の方法は、家庭裁判所への申し立てを要する点などでコスト・時間面の問題が残ります。

 そこで、より簡便に預貯金の仮払いを受けることができる制度として、金融機関窓口で直接払戻しが得られる制度(預貯金仮払い制度)が創設されました。

 共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち、口座ごとに以下の計算式で求められる額(ただし、金融機関ごとに150万円を限度とする。)までについて、他の共同相続人の同意がなくても単独で払戻しをすることができることとなります。

【計算式】
相続開始時の預貯金債権の額×3分の1×(払戻しを求める相続人の)法定相続分

 なお、仮払いされた預貯金は、仮払いを受けた相続人が遺産分割により取得したものとみなされ、遺産分割の際にはその相続分から差し引かれることとなります。

3 自筆証書遺言に関する見直し

(1)自筆証書遺言の方式の緩和
 自筆証書遺言について、方式が緩和されることとなりました。
 これまでは、自筆証書遺言を作成する場合、その全文を遺言者の自筆で書く必要があり、例えば不動産の登記事項、預貯金の金融機関名や口座番号等の財産目録に記載される事項についても自書が必要となり、遺言者が高齢である場合など、作成の負担が大きいことが指摘されていました。

 改正法では、自筆証書に、パソコン等で作成した目録を添付したり、銀行通帳のコピーや不動産の登記事項証明書等を目録として添付したりすることで、遺言を作成することができることとされ、負担が軽減されています。なお、目録の各ページには署名・押印が必要です。

(2)自筆証書遺言の保管制度の創設
 自筆証書遺言の遺言書は自宅で保管されることが多く、遺言書が紛失したり、相続人が自身に不利な遺言書の廃棄、隠匿、改ざんを行ったりする等の問題がありました。
 そこで、改正法(法務局における遺言所の保管等に関する法律)で、法務局において自筆証書遺言(原本)を保管する制度が創設されました。

 遺言者本人(代理人による申請はできません。)が法務局に自筆証書遺言(無封のみ)の保管申請を行うことができ、遺言者が死亡して相続が開始すると、相続人や受遺者らは、全国にある遺言書保管所で、遺言書が保管されているかどうかを調べること(「遺言書保管事実証明書」の交付請求),遺言書の写しの交付の請求(「遺言書情報証明書」の交付請求)ができ、また、遺言書を保管している遺言書保管所では、遺言書の閲覧が可能となります。

 なお、現行制度のもとでは、自筆証書遺言については、遺産分割前に家庭裁判所での検認の手続をとることが必要ですが、改正法のもとで遺言保管所に保管されている遺言書については、検認手続が不要とされている点も特徴です。

4 その他

(1)配偶者の居住権の保護
配偶者の居住権を保護するための方策として、配偶者が相続開始時に被相続人の建物(居住建物)に無償で住んでいた場合、一定の期間(注)その家を無償で使用することができる権利(配偶者短期居住権)が創設されました。配偶者短期居住権は相続開始により当然に配偶者に発生し、遺言等で定める必要はありません。

(注)
①当該建物が遺産分割対象となる場合には、遺産分割によって建物の帰属が確定した日又は相続開始時から6か月経過日のいずれか遅い日まで。
②遺産分割対象とならない場合、当該建物を取得した者が配偶者居住権の消滅の申入れをした日から6か月。

 また、配偶者の居住権を長期的に保護するための方策として、配偶者が相続開始時に被相続人所有の建物に居住していた場合、原則として終身、配偶者に建物の使用を認めることを内容とする権利(配偶者居住権)が創設されました。かかる配偶者居住権は、相続開始により当然に発生する配偶者短期居住権とは異なり、遺贈(遺言による贈与)または遺産分割によって取得させる必要があります。

(2)相続人以外の者の貢献を考慮するための方策
 現行制度化では、相続人が被相続人の介護などに貢献した場合、遺産分割においてその貢献を「寄与分」として考慮される制度が存在するものの、相続人以外の親族(子の配偶者など)の貢献はこの制度の対象ではなく、公平性を欠くなどの指摘がありました。

 改正法では、被相続人の相続人でない親族(特別寄与者)が、無償で被相続人の療養看護等を行った場合、一定の要件のもとで、相続の開始後、相続人に対して金銭(特別寄与料)の請求ができることとなりました。これにより、例えば、相続時に既に死亡していた長男の妻が、被相続人である義父の介護に尽くしていた場合などには、相続人である兄弟に対し、金銭の請求を行い得ることとなりました。

5 施行時期

 相続法改正は一部規定を除き2019年7月1日から施行されます。
 ただし、自筆証書遺言の方式を緩和する方策については2019年1月13日より既に施行され、配偶者居住権の創設等については2020年4月1日、自筆証書遺言の保管制度については2020年7月10日に施行されることとなります。

以上