窓口・渉外お役立ちコラム

預貯金の遺産分割について

弁護士 川西 拓人 講師

2017.11.01

 平成28年12月19日、最高裁において、相続預貯金が遺産分割の対象となる旨の決定(以下「本決定」といいます。)が行われました。
 従来の判例では、相続財産中に銀行預金があった場合について、その債権は法律上当然に分割され、各共同相続人が法定相続分に応じた権利を承継するとの判断を行っており、預金債権は原則として遺産分割の対象とならないとされていましたが、この判例が見直されることとなったものです。

 本決定の事案は、91歳で死亡した女性の遺産分割に関するものです。被相続人の遺産は、自身で居住していた少額の不動産と約4000万円の預貯金(普通預金,通常貯金,定額貯金)でした。相続人は2人でその相続分は各2分の1ですが、うち1人には約5500万円の特別受益が認められたという比較的シンプルな事案です。

 本決定は、「遺産分割の仕組みは、被相続人の権利義務の承継に当たり共同相続人間の実質的公平を図ることを旨とするものであることから、一般的には、遺産分割においては被相続人の財産をできる限り幅広く対象とすることが望ましく、また、遺産分割手続を行う実務上の観点からは、現金のように評価についての不確定要素が少なく、具体的な遺産分割の方法を定めるに当たっての調整に資する財産を遺産分割の対象とすることに対する要請も広く存在することがうかがわれる。」との問題意識を示し、また、預貯金の法的性質が現金に近いものであるとして、普通預金・通常貯金と定期貯金の各性質を論じたうえ、これらは相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象とすることが相当であるとの判断を示しました。

 既に述べたとおり、これまでは、共同相続人が預貯金債権を相続する場合、平成16年4月20日の最高裁判決等に基づき、「相続貯金は相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割される」(このような考え方を「当然分割承継説」といいます。)と解釈し、共同相続人は、自己に帰属する分の預貯金債権を単独で行使することができるものと解されていました。

 ただし、実際の遺産分割手続においては、当事者の合意のもとで預貯金債権を遺産分割の対象とすることが多く、また、金融機関の実務においてもリスク回避の観点から原則として、遺言や遺産分割協議書がない場合には、相続人全員の同意を得ることを前提として預貯金の払戻請求に応じることとしており、実務と判例の考え方に若干のズレが生じている状況でした。

 本決定を受けて、今後、金融機関は、遺産分割協議が成立するまでの間、相続人単独での預貯金債権の行使を受け入れることができず、遺産分割までの間は、共同相続人全員が共同して預貯金債権を行使しなければならないこととなります。

 この点、金融機関の業務における実務的な問題としては、相続人の一部からの葬儀費用等に充てる目的での預金払戻請求の場面が考えられます。これまでは被相続人の未払入院費や葬儀費用等のやむを得ない使途と考えられる費用については、相続人の一部からの請求に応じても各相続人の法定相続分の範囲内であれば金融機関の負うリスクが低いことから、便宜払いに応じる対応が行われてきました。

 本決定を受ければ、今後このような対応を取ると金融機関は二重払いのリスクを負担することとなりますが、実際にこのような場面での相続人の一部からの請求の全てを金融機関が拒否することについて道義的な疑問もあり、金融機関が自身のリスクで支払いに応じざるを得ない場面が出てくるものと考えられます。(本決定の補足意見では、このような場面では一部相続人が保全処分等を活用することが示唆されていますが、これまでに十分な実例があるわけではありません。)

 また、本決定は、預貯金の相続手続を行うにあたっての「特別受益」の考慮にも影響を与えます。当然分割承継説の考え方に立てば、預貯金の相続手続においては、例えば、相続人の一人が多額の生前贈与を受けていた場合でもその考慮は不要となりますが、本決定の考え方によれば、かかる贈与が「特別受益」に該当する場合には、預貯金の遺産分割協議は特別受益分も含めて行うこととなります。子供が自営業の被相続人の事業に共に携わって事業の拡大に貢献したり、長期間被相続人の看護を行い、これによって看護費用が減少したりした場合の「寄与分」がある場合についても同様です。

 JAの営業店においても、相続人の一部からの被相続人の預金払戻請求を受ける場面が生じるものと考えられます。このような請求を受けた場合は、これまでとは異なる実務的な対応が必要となります。適宜、本部と協議するなど慎重な対応を取ることが望まれます。

以上