窓口・渉外お役立ちコラム

マネー・ローンダリングと取引時確認

のぞみ総合法律事務所 弁護士 番匠 史人

2016.10.31

<ケース>

1.Y株式会社の取締役と称するA氏が、窓口でY社の口座の開設を申し入れた場合、窓口担当者のXは、取引時確認において、どのような事項を確認する必要があるでしょうか。また、A氏が取引時確認書類として国民健康保険証を提示した場合、Xは、取引時確認が完了したとして、Y社の口座を開設してもよいでしょうか。

2.Y社の口座開設が可能となり、後日、Y社の経理担当者と称するB氏が現金12万円を持参し、窓口で「Pという取引先に対し、金12万円を振り込みたい」と申し入れてきました。窓口担当者のXが、B氏に対して本人確認書類の提示を求めたところ、B氏は「振込金額を6万円に減らし、2回に分けて振り込んでほしい」と申し入れてきました。この場合、XはB氏の取引時確認を行う必要があるでしょうか。

 

【解説】

1.マネー・ローンダリングと取引時確認とは

マネー・ローンダリングとは、違法な行為による収益の出所を隠すことをいいます。例えば、詐欺の犯人が騙し取ったお金をいくつもの口座を転々と移動させて、出所をわからなくするような行為等がその典型とされています。我が国では、マネー・ローンダリングを防止するために、「犯罪による収益の移転防止に関する法律」(以下「犯収法」といいます)を定めて、JAを含む金融機関等に取引時確認義務等を課しています。

 

2.ケース1について

A氏は、JAにY社の口座の開設を申し入れています。この点、JAが顧客との間で口座を開設し、貯金取引を開始する場合には取引時確認が必要となり,具体的には、①法人であるY社の取引時確認、②取引の任に当たるA氏の本人特定事項の確認、③A氏に権限があることの確認、が必要となります。

このうち、①については、法人の名称、本店等の所在地、取引を行う目的、事業内容、そしてY社に実質的支配者がいる場合はその者の氏名、住居及び生年月日の確認が必要となります。法人の名称、本店等の所在地及び事業内容については、登記事項証明書、印鑑登録証明書、定款等で確認します。また、取引を行う目的については、A氏からの申告で足ります。さらに、実質的支配者の本人特定事項の確認ですが、改正犯収法が平成28年10月1日に施行されたことに伴い、XはA氏の申告に基づき、以下のⅰからⅲの順番に従い、実質的支配者の確認を行う必要があります。なお、原則として、株主名簿等による確認は不要です。

ⅰ.当該資本多数決法人の議決権の総数の2分の1を超える議決権を直接または間接に有している自然人

ⅱ.(ⅰに該当しない場合)当該資本多数決法人の議決権の総数の4分の1を超える議決権を直接または間接に有している自然人

ⅲ.(ⅱに該当しない場合)出資,融資,取引その他の関係を通じて,事業活動に支配的影響力を有する自然人

ⅳ.(ⅲに該当しない場合)当該資本多数決法人を代表し,その業務を執行する自然人

②のA氏の本人特定事項の確認については、A氏の氏名、住居及び生年月日を確認する必要があります。氏名、住居及び生年月日については、犯収法上定められた書類で確認することになります。例えば、運転免許証やパスポートなどがこれに当たります。A氏が提示した国民健康保険証は、運転免許証やパスポートなどとは異なり、顔写真が付いていません。改正犯収法においては、取引時確認が強化され、顔写真のない本人確認書類については、別の本人確認書類の提示もしくは現住居の記載がある公共料金の領収書等の提示、または国民健康保険証記載の住所宛に転送不要郵便で取引関係文書を送付する必要がありますので、Xは国民健康保険証の確認のみで口座を開設しないよう注意が必要です。

さらに、③A氏の権限の有無についての確認ですが、「委任状等の取引権限を証する書類の確認」「Y社への電話などによる取引権限の有無の確認」のいずれかの方法によります。

なお、改正犯収法により、法人が発行する社員証等の身分証明書による確認や登記事項証明書に単に役員として登記されている場合における登記事項証明書の確認(法人の代表者として記載されていれば確認できる)については認められなくなりました。

 

3.ケース2について

10万円を超える現金による振込を行う場合には取引時確認が必要となります。本件の場合、B氏が当初12万円を持参して、振込を希望していることから、この時点で取引時確認を行う必要があります。その後、XがB氏に対して取引時確認を行おうとしたところ、B氏は10万円以下となるように6万円の振込を2回に分けるよう要求しています。

このような2つ以上の取引が、1回当たりの取引の金額を減少させるために取引を分割したものであることが一見して明らかであるときは、改正犯収法上、これらの取引を1つの取引とみなして、取引時確認を行う必要があります。