弁護士

川西拓人 講師

1 再発防止策の不徹底を指摘する事例

不祥事件防止態勢に関する検査事例の類型として、営業店等の現場で、不祥事件防止策が徹底されていないことを指摘する例がみられます。

JAを含む金融機関で一般にとられている不祥事件防止策は、

 

等、数多くのものがあります。

このような事務はときに煩雑に感じるものですが、不徹底が重なると、営業店のモラルが低下し、不祥事件が発生しやすい環境が生じるほか、事務リスクに繋がります。

JAにおいて、不祥事件再発防止策が徹底されていないことを指摘した事例としては、以下のものが挙げられます。

<農協検査(3者要請検査)結果事例集>(平成25年3月)

コンプライアンス統括部門は、定期積金の集金業務に係る不祥事件再発防止策として、支店管理者に、渉外担当者とともに、定期積金の長期延滞者に対する訪問を行わせた上で、面談記録簿を作成・提出させているものの、当該面談記録簿の内容を確認していない

こうした中、同部門は、同行者が記載されていないため同行訪問が行われたかどうかが不明な事例等について支店から報告を受けており、支店に対して改善するよう指示すべきであるにもかかわらず、これを行っておらず、当該再発防止策の実効性は不十分なものとなっている。

本事例では、不祥事件再発防止策として、支店管理者に定期積金の長期延滞者への同行訪問を行わせ、訪問後には面談記録簿を作成させていたものの、本部(コンプライアンス統括部門)の改善指示が十分でなかったことから、結果として同行訪問が徹底されていないことを指摘したものです。

個別の不祥事件防止策には必ず導入された背景や意義があり、支店長や役職員が、それらをきちんと理解して取り組むことが重要です。

現金を取り扱う渉外担当者については、顧客との密接な信頼関係を利用して不祥事件に手を染めることがあるため、人事ローテーションの厳格な運用が求められます。

また、連続休暇(職場離脱)制度の趣旨は、一定期間業務を離れさせることで、その業務に不適切な点がないかを検証するところにあります。とすれば、連続休暇(職場離脱)中でも業務多忙を理由にこっそり出勤しているといった状況や、連続休暇はとっていても業務点検が行われていないといった状況では、運用が形骸化していると言わざるを得ません。

金融検査においても、不祥事件再発防止策が徹底されていないことを指摘する事例は数多くあります。JAでも参考になるものを以下に挙げておきます。

 

2 再発防止策のモニタリング・フォローアップ不足を指摘する事例

本連載でご紹介する不祥事件防止に関する検査事例の最後の類型として、再発防止策のモニタリングとフォローアップができていないことを指摘する類型、があります。

不祥事件再発防止策についても、策定(Plan)、実施(Do)に留まらず、その実施状況のモニタリング(Check)とフォローアップ(Action)を行い、常にPDCAサイクルを意識する必要があります。

モニタリング、フォローアップの不足は、結果として不祥事件防止策の形骸化や運用の不徹底に繋がり、同種事案発生の原因となるおそれがあります。

不祥事件防止策の策定にあたっては、同時に、その実施状況をモニタリングする時期や、モニタリングの具体的な方法についても、あわせて決定しておくことが重要です。

三者要請検査で不祥事件再発防止策のモニタリングやフォローアップができていないことを指摘した例として、以下のものがあります。

<農協検査(3者要請検査)結果事例集>(平成25年3月)

コンプライアンス統括部門は、定期積金の集金業務に係る不祥事件の未然防止への取組として、支店に、「定期積金延滞一覧表」により延滞事案を把握させ、延滞が発生した場合には、集金担当者以外の職員に契約者に連絡させ、延滞理由等を確認させることとしている。

しかしながら、同部門は、当該取組について、支店に対して研修会等で指示するにとどまり、取組状況の実態を把握していない。

こうした中、支店長は、延滞事案について、集金担当者以外の職員に対して契約者に連絡するよう指示すべきであるにもかかわらず、集金担当者(当事者)に対して指示を行っているほか、延滞理由の確認結果の報告を受けないまま放置している実態が認められる。

本検査事例の指摘対象となったのは本部(コンプライアンス統括部門)の取組の不十分さですが、そもそも営業店が不祥事件再発防止策の意義をよく理解せず、形骸化した運用を行っていたことが問題です。

不祥事件防止策の実施状況は、営業店自身においても把握して、その改善策を検討することが望ましいといえます。

弁護士

田中 貴一  講師

 

預金名義人の親族が代理人として行った預金の払戻請求について、払戻しに応じた金融機関に債務不履行責任はないとされた事例(東京高判平成27年7月16日(金判1475号40頁)

1 事案の概要

本件は、XがYに普通預金口座(本件口座)を有していたものであるが、Xの娘であるZが窃取したXの通帳等を持参して本件口座から現金を引き出したのは、Yが消費寄託契約における払戻しに際しての注意義務を怠って払戻し(以下「本件払戻し」という。)をしたからであると主張し、Yに対し、消費寄託契約の債務不履行に基づく損害賠償として、払戻金2082万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を請求する訴えを提起したものである。

2 裁判所の判断

預金名義人の親族が代理人として行った預金の払戻請求について、名義人の承諾に基づいて行われたと推認することができるだけでなく、同親族が持参した印鑑による印影と届出印が一致し、また、同親族において、同預金の暗証番号を正しく入力し、払戻窓口においては、来店前の取引履歴は把握することができるものの、取引の時刻は判明するものではなく、同払戻請求前のATM等の操作が同親族によって行われたかを割り出すことができず、免責約款所定の注意義務を怠ったと認めるに足りる証拠もなく、準占有者に対する弁済として有効となる要件を備えていると認められる事実関係の下においては、払戻しに応じた金融機関に債務不履行責任は認められない。

3 営業店に対する指針

甲(中堅JA(信用事業)職員) 普通貯金の契約名義人以外の方が窓口に来て払戻しの請求を受けることは少なくありません。

乙(ベテラン金融法務相談員) その時は、どのように対応するのですか。

甲 代理人関係届出や委任状を徴求するということを行っています。

乙 それぞれの書類の位置付けはどうなっていますか。

甲 代理人関係届は、代理人が本人に代わって貯金の払戻しなどをする権限があることを証するものです。その際、代理人は、代理事務に関してはJAに対して印鑑を届けていないため、代理権を行使して払戻しなどをする際に利用する印鑑を印鑑照合のために届けてもらいます。

乙 そのとおりですね。

甲 委任状については、個々の取引の都度徴求するものと、包括的に徴求するものとがありますが、いずれにしても、委任を受けた者を使者として扱って払戻しに応じるものです。

乙 これもそのとおりかと思います。厳密には、使者は、本人による払戻しの意思表示を伝達(取次ぎ)しているだけなので、法律行為ではない事務の委託を受けているものとして、準委任に相当するものといえそうです。もちろん、準委任であっても、委任状という用語を用いることが否定されるわけではありませんので、書類自体を何か是正すべきものとまではいえないのでしょう。

甲 なるほど。書類の民法上の位置付けについて再確認ができてよかったです。

乙 さて、代理人関係届も委任状も省略をして払戻しを行う例はありませんか。本件もそのような事案です。

甲 そのような例もあります。例えば、来店者が貯金者本人と生計を共にする親族であり、面識があって来店者が正当な権限者であり取引を行うことに支障がないと判断された場合で、かつ、委任状の提出を受けることが困難な場合には、委任状なしに払戻しに応じることもあります。

乙 本件事案は、預金名義人の娘であったことなどから、預金の払戻しに応じたところ、その後、預金口座の名義人本人から消費寄託契約の債務不履行に基づく損害賠償請求がなされたものです。

甲 先ほどのルールに従えば、銀行は、少なくとも払戻請求者と面識があったというわけではないようですから、払戻しに応じるべきではないと思います。

乙 他方で、印鑑による印影と届出印が一致し、また、暗証番号を正しく入力していたため、仮に正当な受領権限者に対する払戻しではないとしても、民法第478条に基づき、金融機関が免責される余地のある事案ではないでしょうか。

甲 確かにそうですね。原審はどうだったのですか。

乙 火災により焼失した自宅の建て替え費用という資金使途との兼ね合いで、キャッシュディスペンサーによる直前の複数回の払戻し(本件払戻しの前日に50万円×8回、当日に50万円×4回)が不審であることなどを認定し、本人に意思を確認することなく払戻しをするのは業務上合理的に要求される注意義務を尽くしたとは認めがたいとして、民法第478条に基づく免責を認めませんでした。その結果、銀行の債務不履行責任を認めました。

甲 確かに、ATMからの連続した払戻しは何だか怪しい取引ともいえますね。窓口で払戻しを受けた金額も2000万円を超える高額なものですし、本人に電話などして確認をした方が良かったかもしれません。

乙 控訴審においては、払戻しを受けた娘Zが訴訟に補助参加し、本人の指示より本件払戻しを行ったなどと証言したこともあり、上記原審の事実認定が変更され、本人の承諾に基づく払戻しであるため、銀行は債務不履行責任を負わないとの認定がなされました。

甲 民法第478条の準占有者に対する弁済については、どのような判断になりましたか。

乙 はい、仮に本人の承諾がないとしても、民法第478条により弁済として有効となる要件も備えていると判断しました。原審の判断に対しては、ATM等の取引履歴は分かるものの、その時間は不明であるし、それが娘の行ったものであるのかについても不明であることからすると、銀行が娘に対して問い質すことなどをしていなくても、注意義務違反はないと示しています。

甲 代理人関係届や委任状を省略しても、金融機関が保護される例はあるのですね。

乙 あるにはありますね。もっとも、本件は、払戻請求をした方が自らの親族が不利益になるはずであるにもかかわらず、あえて銀行に有利な証言をしてくれたから本人の承諾を得ていたという認定につながったものと思います。したがって、無限定に委任状を省略してよいことにはなりません。

甲 どのような点に気を付けるべきでしょうか。

乙 本人の承諾に基づかない払戻しの場合には、金融機関は民法第478条で保護されることになりますが、その際には過失がないように業務上合理的に要求される注意義務を尽くす必要があります。この点の要素としては、口座履歴(事前の払戻しとの時間的近接性など)、払戻額(客観的な金額、払戻しの割合など)、払戻請求者の挙動などから不審な点がある場合には、過失が認定されやすくなることから、本人に連絡をして確認をするべきことになります。

甲 そうすると、ケースバイケースとなりますね。

乙 そうですね。委任状を省略する取引においては、何か違和感を覚えた場合には直ぐに役席者などに相談して、慎重に対応を検討するべきでしょう。

弁護士

川西拓人  講師

 

1 不祥事件発生時の対応が不十分であることを指摘した検査結果事例として,以下の事例が挙げられます。

 

 

〈平成24年8月・47頁〉

【業態等】

地域銀行,大中規模

【検査結果】

取締役会は,「法令等遵守規程」を策定し,コンプライアンス統括部門を法令等遵守の統括部署とするとともに,法令等遵守に係る施策について総合的に検討・決定を行うためにコンプライアンス委員会を設置している。

また,取締役会は,「コンプライアンス・マニュアル」を策定し,経営企画部門を反社会的勢力への対応の統括部署,総務部門を所管部署としているほか,事務リスク統括部門を疑わしい取引の届出に係る所管部署としている。

こうした中,以下のような問題点が認められる。

1.不祥事件の再発防止に向けた取組

コンプライアンス委員会は,不祥事件の再発防止策の策定・実施状況などについて,必要に応じて所管部署から報告を求め,審議を行うとともに,再発防止に向けた取組を行うこととしている。

しかしながら,同委員会は,不祥事件について,営業店における職員間の相互牽制機能の不足といった本質的な発生原因や,その原因を踏まえた再発防止策の実効性に係る審議を十分に行っておらず,また,本部及び営業店における再発防止策の実施状況も適切に検証していないなど,その機能は十分に発揮されていない。

こうした中,事務リスク管理部門は,浮き貸しの再発防止策について,営業店に全ての融資案件を融資システムへ登録させ,進捗管理を徹底することとしていながら,同部門は,営業店が融資案件を同システムに登録していないケースがあることを把握しているにもかかわらず,改善に向けた適切な措置を講じていない。

(以下,省略)

 

不祥事件が発生した場合,迅速に事実関係を調査し,法令等違反の有無を確認することが必要ですが,次の段階として,法令等違反行為の背景,原因,影響の範囲を調査・分析し,分析結果を踏まえた再発防止策を講じる必要があります。

この調査・分析は,発生した当該事案について行うだけでは不十分な場合があることに注意が必要です。例えば,同種事案が繰り返し発生している場合,当該事案で用いられた手口の再発防止の観点だけではなく,背景にある態勢面の問題点を調査・分析する視点が必要となります。

本事例は,再発防止策を検討するコンプライアンス委員会において,営業店における職員間の相互牽制機能の不足という不祥事件の本質的な発生原因や,再発防止策の実効性についての審議が不十分であったと評価され,その結果,浮き貸しの再発防止策が徹底できていないことが指摘されています。

 

JA検査において,不祥事件の調査・分析が不十分であったとされた検査結果事例としては以下のものがあります。

〈農協検査結果事例集〉

代表理事組合長は,常例検査(都道府県が実施する検査)で,集金現金の長期預り事案の指摘を受け,コンプライアンス委員会に機能を十分発揮させることの重要性を認識し,同委員会の部長会議からの独立を図っている

しかしながら,同組合長は,不祥事件の再発防止を図るため,同委員会の機能をどのように強化するのかについては十分に検討していない

こうした中,集金現金の長期預り事案が再発している実態が認められる。

 

この事例は,代表理事組合長が,集金現金の長期預り事案の再発防止のため,コンプライアンス委員会の機能を強化し,部長会議からの独立を図ることを決めたものの,機能強化の具体策に関する検討が不十分となっており,同種事案が再発していることを指摘したものです。なお,本事例からも読み取れるところですが,JAの信用事業の規模や特性を踏まえれば,不祥事件再発防止策の策定には経営陣が主体的に関与すべきと考えられることにも留意が必要です。

 

不祥事件の再発防止策の策定にあたっての調査・検討が不十分であったと考えられる検査結果事例として、

等があります。

いずれの事例も,不祥事件再発防止策の策定にあたって行った調査・検討のスコープが狭く,同種のリスクを孕む職員や業務を横断的に検証できていない点を指摘するものです。

これらの事例からも,不祥事件の調査・分析に際しては,その背景となる態勢面の問題の調査・分析が必要となること,個別事象のみに捉われず本質的な発生原因を考察することが必要であること,がわかると思います。

 

[1] 例えば、コンプライアンス統括部門及び内部監査部門による特別調査自体が不十分であるうえ、両部門が特別調査を行う以前に、総務部門内の検証チームにおいて当該事実関係の調査が行われていたが、コンプライアンス統括部門等は、当該検証チームからも情報を得ることなく調査を終了している。

弁護士

田中貴一 講師

 

遺言者が自筆証書である遺言書の文面全体に故意に斜線を引く行為が民法1024条前段所定の「故意に遺言書を破棄したとき」に該当し遺言を撤回したものとみなされた事例(最高裁判所第二小法廷平成27年11月20日判決 最高裁ホームページ)

 

1 事案の概要

本件は、XとYの父である亡Aが作成した昭和61年6月22日付け自筆証書(以下「本件遺言書」という。)による遺言(以下「本件遺言」という。)について、Xが、Aが故意に本件遺言書を破棄したことにより本件遺言を撤回したものとみなされると主張して、Yに対し、本件遺言が無効であることの確認を求める事案である。

原審で認定した以下の事実関係が前提となっている。

すなわち、Aは、昭和61年6月22日、罫線が印刷された1枚の用紙に同人の遺産の大半を被上告人に相続させる内容の本件遺言の全文、日付及び氏名を自書し、氏名の末尾に同人の印を押して、本件遺言書を作成した。

そして、Aは、平成14年5月に死亡した。その後、本件遺言書が発見されたが、その時点で、本件遺言書には、その文面全体の左上から右下にかけて赤色のボールペンで1本の斜線(以下「本件斜線」という。)が引かれていた。本件斜線は、Aが故意に引いたものである。

 

2 裁判所の判断

「本件遺言書に故意に本件斜線を引く行為は、民法1024条前段所定の「故意に遺言書を破棄したとき」に該当するというべきであり、これによりAは本件遺言を撤回したものとみなされることになる。したがって、本件遺言は、効力を有しない。」

 

3 営業店に対する指針

甲(中堅JA(信用事業)職員) 普通貯金債権の契約者が亡くなった場合、その方の遺言がなければ、普通貯金債権は、相続人の法定相続分に応じて当然に分割取得することになりますよね。

乙(ベテラン金融法務相談員) そのとおりですね。相続財産は共有に属するとされているものの、金銭債権などの可分債権については当然に分割され各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継すると解されています。

甲 他方で、特定の普通貯金債権について、特定の相続人に対して相続させるとの遺言がある場合については、当該普通貯金債権は、契約者の死亡により当該特定の相続人に当然に帰属することになりますよね。

乙 それもそのとおりですね。特定の遺産を特定の相続人に対して「相続させる」旨の遺言については、遺言者の死亡により特定の財産が特定の相続人に対して当然に承継されると解されているためです。

甲 はい、そのため、我々も遺言の有無について慎重に確認をしています。

乙 遺言の有無について確認するほか、自筆証書遺言については、遺言者が、全文、日付及び氏名を自署し、これに印を押す必要がありますので、これらが欠けているかどうかについても確認をする必要がありますね。

甲 はい。ところで、家庭裁判所の検認手続を経ていても、これらの点について確認をする必要がありますか。

乙 検認は、自筆証書遺言について、検認の日現在における遺言書の内容を明確にして遺言書の偽造・変造を防止するための手続であり、遺言の有効性について判断するものではありません。そのため、家庭裁判所の検認手続を経ていても、自筆証書遺言の方式については確認する必要があります。

甲 本件遺言書は、自筆証書遺言の方式により作成されていたのでしょうか。

乙 本件判決においては、自筆証書遺言の方式により作成されたことを前提として、自筆証書遺言について撤回がなされたかどうかが争点となっています。

甲 自筆証書遺言について赤色のボールペンで斜線を引いた行為は、撤回ではなく、遺言書の削除や変更という位置付けにならないのでしょうか。

乙 はい、その行為だけですと、自筆証書遺言の削除や変更には当たらないと思います。自筆証書遺言の加除その他の変更については、その場所を指示し、変更した旨を付記して署名押印をするという厳格な手続が要求されるためです。

甲 削除や変更ではないとして、遺言の撤回についても、遺言の方式に従う必要があるのではないでしょうか。

乙 原則としてはそのとおりです。ただ、遺言の方式に従っていなくても、故意に遺言書の破棄した場合には、遺言を撤回したものとみなされます。

甲 それで、本件判決は、赤色のボールペンで自筆証書遺言の全体について斜線を引いた行為について、「故意に遺言書を破棄したとき」に該当すると判断したのですね。

乙 そうです。本件判決は、赤色のボールペンで自筆証書遺言の全体について斜線を引いた行為について、その有する一般的な意味に照らして、遺言書の全体を不要なものとし、遺言の全部について効力を失わせる意思の表れとして、「故意に遺言書を破棄した」として遺言書が撤回されたと解しました。

甲 自筆証書遺言の要式の確認もそうですが、撤回とみなされる場合への該当性の判断についても難しい判断となりますね。

乙 そうですね。仮に本件斜線を引く行為が変更や削除に該当すれば、その方式を充たしていないため、遺言は依然として有効として扱われるはずです。しかし、本件判決は「故意に遺言書を破棄した」ものとして遺言の撤回がなされたものとみなし、遺言は効力を有しないと判断しました。

本件の事案についても、高等裁判所と最高裁判所とで判断が分かれるくらいですから、窓口に持ち込まれた遺言書について疑義がある場合には、慎重を期して顧問弁護士に相談するなどの取組みが必要になると思います。

 

弁護士

川西拓人 講師

 

1 不祥事件が発生した場合、まずは、徹底した事実調査と法令等違反の有無の確認が必要です。金融検査においては、不祥事件や、不祥事件を疑わせる事案が発生した際の事実調査の不徹底を指摘する例が多くみられます。

金融機関が不祥事件そのものによってダメージを受けることは勿論ですが、不祥事件発生時の調査や対応が不十分であったことによって、行政処分や深刻なレピュテ―ション低下といった二次的ダメージに繋がることがあります。このような事態を避けるためにも、不祥事件への対応は、経営陣が主体的に関与すべき課題といえます。

 

2 不祥事件発生時の対応が不十分であることを指摘した検査結果事例として、以下の事例が挙げられます。

金融検査結果事例(平成27年6月・25頁)

金融検査結果事例(平成27年6月・25頁)

【業態等】

地域銀行、中小規模

【検査結果】

取締役会は、総務部門(※1)が所管する外部委託業務において不祥事件が疑われる事案(※2)が認められたことを踏まえ、コンプライアンス統括部門及び内部監査部門に、これら事案の事実関係や発生原因について調査(以下「特別調査」という。)を行わせ、その結果を取締役会へ報告させることとしている。

しかしながら、取締役会は、コンプライアンス統括部門等による特別調査が、事実関係の究明や発生原因の分析を十分に行わないまま終了(※3)していることを把握しているにもかかわらず、再調査を指示するなど必要な対応を行っていないほか、事故者による他の事案や事故者以外による同様の事案が潜在している可能性について検証していない。

※1 各種郵便物の授受・振り分け、物品・不動産・重要文書などの管理等に関する業務を所管している。

※2 業務委託先への委託業務費の支払いに係る不適切な処理が疑われる事案等。

※3 例えば、コンプライアンス統括部門及び内部監査部門による特別調査自体が不十分である上、両部門が特別調査を行う以前に、総務部門内の検証チームにおいて当該事実関係の調査が行われていたが、コンプライアンス統括部門等は、当該検証チームから情報を得ることなく調査を終了している。

 

本検査結果事例は、不祥事件発生時において、事実関係の究明や発生原因の分析が不十分であること等が指摘された事例です。指摘に至った理由として、コンプライアンス統括部門による特別調査が、事前に総務部門が行っていた調査の内容を踏まえずに行われていたこと、事故者による他の事案や事故者以外による同様の事案が潜在している可能性について検証していなかったこと等が挙げられています。

  不祥事件発生時の調査の範囲が当該事案のみに留まることは不適切で、以下のような範囲の調査の要否を検討する必要があります。調査範囲は事案に応じて異なり、常に全店調査(④)まで必要となるものではありませんが、不祥事件の見落としを防ぐ観点からは、少なくとも①及び②の調査は行い、③及び④の調査の必要性についても慎重な検討が必要となります。

① 事故者が、当該店舗で同種事案を発生させていないか

② 事故者が、過去の所属店舗で同種事案を発生させていないか

③ 事故者以外の当該店舗の職員が、同種事案を発生させていないか

④ 事故者以外の他店舗全店で、同種事案が発生していないか

また、事案によっては、全く同種の事案のみならず、発生事案とリスクが共通する業務についても不祥事件の調査を行うことが考えられます。例えば、定期貯金の集金業務で不祥事件が生じた場合、同様に渉外担当者が現金を預かる金融商品販売においても、不祥事件が潜在していないか、調査を行うことが考えられます。

 

3 金融検査結果事例の中には、不祥事件発生時の対応のみならず、その端緒となる事象を把握した際の対応が不十分なことを指摘する事例も見受けられます。

金融検査結果事例(平成23年2月・41頁)

コンプライアンス統括部門及び監査部門は、不祥事件の発覚前に事故者が預り証等の代筆を行っている事実を把握しているにもかかわらず、事実確認を徹底しないまま、不祥事件のおそれはないと判断している。

このため、その後も当該事故者が代筆により現金着服等を継続していることを看過している。

上記の事例は、不祥事件の発覚前に、預り証等の代筆という、不祥事件発見の端緒となる事実を把握していたにもかかわらず、事実関係の確認が不徹底であったことから、現金着服の継続に繋がった事案です。当然ではありますが、不祥事件発生時のみならず、その疑義のある事象を発見した場合にも、これを見過ごさない努力が重要となります。

 

4 不祥事件発生時に検討が必要な事項として、当局に対する不祥事件届出が挙げられます。

不祥事件該当性の判断においては、いわゆるバスケット条項である農協法施行規則231条4項6号の「その他組合の業務の健全かつ適切な運営に支障を来す行為又はそのおそれがある行為であって前各号に掲げる行為に準ずるもの」の解釈が問題となります。

「前各号に掲げる行為に準ずるもの」は解釈の余地を含み、どのような事象が本号に該当するかについて明確な定義はありません。同号の判断は、一義的には各JAに委ねられていますが、その判断には合理的な理由が必要となります。安易な判断で届出を行わなかった結果、後に不適切であると非難されることのないよう、外部弁護士によるリーガル・チェック等の判断プロセスを確立しておくべきです。

なお、農協法施行規則231条5項は「不祥事件の発生を組合が知った日から1月以内に行わなくてはならない」と定めているところ、「1月」の起算日について、誰が事実を知った時点を「組合が知った日」と解すべきか、が問題となることがあります。

この点も明確な定義はありませんが、「組合が知った日」との文言から考えれば、遅くとも、不祥事件対応を行う部署や経営陣が事実を知った時点では、起算日が到来していると考えるべきでしょう。